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古屋兎丸 マンガ家

「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)誌で『π』を好評連載中のマンガ家・古屋兎丸さんにお話を伺いました。『π』は究極のオッパイ=「π」を追い求める高校生・夢人を主人公に、バカバカしいネタを大真面目かつハイテンションで展開する人気作品です。もともと現代美術や身体表現をバックボーンに持ち、マニアックなマンガ誌「ガロ」などで、マンガ表現そのものをネタにするような実験的なギャグマンガを描いてきた古屋さんが、メジャーな媒体でエンターテインメントに徹した作品に挑戦したのが、この『π』。そんな古屋さんのチャレンジとは……!?

■古屋兎丸 インタヴュー

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――『π』をはじめられた経緯について教えてください。

マンガ家になったんだから、とにかく週刊連載を一度はやってみたいという夢があったんですよ。ただ、描くスピードがついていかないので、不可能だと思ってたんですが、デビュー八年目くらで段々手が速くなってきて、行けるか? というときに「スピリッツ」の編集さんからお話をいただいたんです。

――タイミングよく。

やればできるんじゃないですか、とか、そういう感じで。しかも「どんな話なの?」「展開はどうなるの?」とかの打ち合わせとかあまりなくて、まず連載ありきでやってください、じゃあ二ヶ月後からっていう状態で。最初から、わりと信頼してもらってたんですよ。ぼくはその時点では、まだ学校に勤めていた(註:古屋さんは、高校の美術の教員をされていた)んですが、じゃあ学校を辞めるということにして。

――自分としては、どんなものを描くかというよりも、むしろ「週刊連載」という形式が重要だったという感じですか。

そうですね。「週刊連載」という枠に自分を投じてみたら、そっからなにか産まれてくるんじゃないかっていうチャレンジです。

――週刊っていうスピードだと、あんまり緻密に先まで考えてらんないみたいな。

まあ、言い方悪いかもしんないですけども、いきあたりばったりっていうか、臨機応変に、ライブ感を大事にしてマンガを描くみたいなことをやってみたかったんですね。マンガ家の人生って、最初、若くて体力のあるうちに、週刊連載をガンガンやっていって、歳を取って体力がなくなっていくと同時に作家性が強くなって、月刊ペースでやっていくっていう流れがあると思うんですね。

ぼくの場合、それが逆になってるんだと思うんですよ。デビューした雑誌も「ガロ」でしたし、わりと「作家性」の強さで評価されるような仕事をしてきましたから。それが、じょじょに自分の「個性」を意図的に出すのを排除していく方向にシフトしてきたんです。『π』であれば、主人公の「夢人」は知ってるけど、これ描いてるの誰だっけ? みたいな読まれ方のほうへってことですよね。

――作家の名前よりも、キャラの名前で憶えられるような方向ですね。そこで、意識的にキャラをまず立てていったという感じなんですか?

やっぱりキャラありきです。キャラさえ立てていれば、シチュエーションを与えてやれば、あとは勝手にキャラが動いて、話を作ってくれるというのがあるでしょう。だからまず、性格がにじみでるような顔つきとか、口調とかを設定してキャラクターを作って、このキャラクターのところに、別のこういうキャラクターが急に現れたら、みんなはどう動くかな? ていうのを考えると勝手に話ができてくれる。そういう感じで作っています。

――『π』というチャレンジで得たものは大きかったですか。

いろいろあるんですが……本当にいろんな技術を憶えましたね。ぼくは他人のアシスタントをした経験がなくって、マンガを描く技術を誰かに教わる機会がなかったんです。その分、自分で試行錯誤の連続でやってきたんですけど。

――具体的にはどういうことですか?

まず、単純に速く描く技術。速く描ければ丁寧な絵も描けるわけですよ。いまままでは、時間をかけて丁寧な絵を描いてたんですけど、いまは丁寧な絵も速く描ける。

それから、車の免許でも、取り立ての時は、赤信号で左右見て、後ろ見てそれで右折とかいちいち考えるじゃないですか。でも、いまは無意識のうちに、勝手に信号とか確認して運転できますよね。それと同じように、常日頃からマンガを描くという作業の中にいると、自然に、内容を考えるところと、ネームを描くところがつながってくるんです。やることがバラバラじゃなくて、ちゃんとつながってきて、その感覚が体に染みついてくるというか。やっぱりそれは、週刊っていう速いペースでやってないと生まれてこなかったものだと思いますね。ようやく「マンガを描く体」になってきたっていうか。

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――いま、アシスタントの方は何人くらいいらっしゃるんですか?

二人です。

――二人で週刊ペースってほぼ最小人数ですよね。

だと思いますね。でも、最近は速くなってきたんで、作画にかかる時間は二日か三日ですね。

――あの絵の密度だと、それは相当速いですよ。

速くなったんですよ。

――その速度には、パソコンの導入の効果もあると思うんですが、いまどんな手順で原稿を描かれているんですか。

キャラと背景の、ペン入れをした線画まで原稿用紙に手描きで描いています。それをスキャンして、仕上げはパソコンでやるって感じです。三人で一気にやっちゃうんです。流れ作業で。キャラの制服とか、最初っから決まってるところをやる人がいて、やってもらってる間にぼくは影の指定をしていくから、もう一人の人は影をどんどん入れてってとか、背景に入れてってとか、そういう。

――それは、手でトーンを貼る作業に比べるとすごく効率的ですよね。どのくらいの時間でできるんですか。

だいたい、三人でやると八時間くらいですね。

――それは速いですね。ソフトは何をお使いなんですか。

Photoshopですね。プリントアウトして、その上にちょっと手描きで描き加えたりして入稿してます。やっぱ紙で見てみないと分からないことが多いんで。あとね。バイクのシーンは3Dで描いてるんですよ。

――すごい数のバイクが出てくるシーンとかですか。

メインのキャラクター二人のバイクはちゃんと描いてるんですけど、こっちのたくさんいる、モブっぽいキャラのは全部3Dですね。

――でも見ても全然、区別がつかないですね。

たぶん、わかんないと思います。レンダリングして線画で出力したあとで、質感を描き込んでいますから。これとか、裏から見たバイクなんて、手で描こうしたら気が狂うじゃないですか(笑)。資料ないし、どこのバイク屋に行っても裏からなんか見せてくんないですから(笑)。

3D版の作画資料データってのを買ったんですよ。たとえばシャベルカーとか、戦車とか、バイク、車、書類カバンとか、事務用品とか、全部、入ってるんですよ。そのデータを読み出して、好きな角度に合わせてレンダリングしてはめこむっていう。

――お話をうかがっていると、「こういうお話が描きたい」というのよりも、とにかく「マンガを描きたい」という気持ちが先にあるっていう感じがします。『π』も、読んでいてすごく描き手の楽しさみたいなものが伝わってくるんですよ。

そうですね(笑)。

――だからこう、首都高バトルをやってみたりテニスやってみたりとかって、いろんな展開があるんですけど、それにしても、ここ二十年くらいのヒット作のパターンを、どんどんやってやるぜみたいな感じを受けますよね。

ヒット作……っていうより、ぼくにとっては「練習」なんですよ。描けないジャンルをなくしたいんです。

――首都高バトルとか、ロケハンして描いてるんですか。

してます。車で何十周も走って、頭にコースを叩きこんで。ここでこう来たらこう仕掛けるか? とか、やっぱ勝負所はこのカーブしかないだろうとか考えながら。アシスタントも車に乗せて、夜の光の感じよく覚えといてみたいな感じで(笑)。

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――それであの迫力が。ギャグマンガなのに(笑)。

そうしないとやっぱり、リアリティが出ないですから。これで、ぼくの中ではバイクマンガはオッケーなんです。バイクマンガを描けるようになったんですよ。だから、いろんなものをオッケーにしていく作業をやってるんですね。

――昔から、自分でなにか課題を設定してクリアしていくのがお好きだときいていましたけど。

それもあるんですが、いままで、テニスとか、バイクはマンガに描いちゃいけないっていう変な縛りがあったんですよ。自分の美意識として。バイクはすごい好きだし、高校の頃テニス部だったんでよく知ってるけど、それは趣味で別モノだから、そういうのを描くのはだらしないっていうか。そういうのを少しずつなくして行きたいっていうのがあったんですね。

――なんというか、照れみたいなものですか。

そうですね(笑)。

――キャラを立てて描くってのも、結構、照れますよね。

そうそう、照れるんですよ。だからね、僕も若いときはキャラクターありきのマンガに対して、ちょっとこう反発しちゃったりするところがあったんですよ。

――こっぱずかしいというか。

こっぱずかしい。そうそうそう(笑)。だからわざとアヴァンギャルドでキャラクターが全然、出てこないようなマンガばっかり考えちゃうんですよ。背景だけのマンガとか、手前のほうで一騒動起こっているのに、うしろの関係ないスズメだけ映ってるとか。……ひねくれてましたからね。

ただ、「古屋さんは、わりと先鋭的なものを描くイメージがありますよね」っていわれたりするんですけど、でも自分では、そういうヘンなことをやってるのに、たとえば分かりやすいネタを使ってるし、オーソドックスなマンガを描いてると思ってるんですね。やっぱりマンガは楽しんでなんぼっていう考えがあるんですね。

それにマンガって、自分が経験したことを、情景としてとか、感覚としてとか、いろんな形で生きたものとして描けるのが楽しいんですよ。遊んだり、嫌な目にあったり、なにかを見て「美しいなあ」と思ったり、経験したすべての感覚を生かせるんですね。だから、自分のなかに染みついている感覚とか、体験したことって重要なんだなあと思います。

昔、現代美術をやってるときには、そういうのを作品にあまりできないなぁっていうジレンマがあって。なんか、鉄を曲げたりしてたわけだから(笑)。僕にとって、マンガは、本当に無駄のない表現方法だと思っています。

――『π』では、そういった面がわりとストレートに出たって感じですか。

なんというか、中学生の頃に立ち返ってる感じなんですよ。あの頃、何がいちばん、好きだった? 何がいちばん、面白かった? っていう。

――だから、女の子のオッパイで「π」だなんていう、ベタなネタなんですね。

そう(笑)。成長すると、女の子にモテたいとか、カッコよく見られたいとかで、そういう自分の欲求に素直になれなくなってくるじゃないですか。でも、自分の欲求に素直になれるってことが、表現の世界では、いちばん大切なことなんだと思うんです。

――「パイダーマン」なんて洒落とか、思いついても普通はストレートに出しませんよね。確かに「中学生感覚」を臆面もなく、力業でやってるところはありますね。

はい。どんなに下らないことでもつきつめれば表現は成立するんです。これを読んでる若い表現者には、自分が一番興味があることを正直に見つめてつきつめて欲しいですね。

聞き手:伊藤 剛(マンガ評論家)

[PROFILE] usamaru_prof1.gif

古屋兎丸(ふるや・うさまる)
東京都出身。美大卒業後、1994年「ガロ」(青林堂)でデビュー。作品に『Palepoli』(青林堂)、『ショートカッツ』(小学館)、『Marieの奏でる音楽』(幻冬舎)、『自殺サークル』(ワンツーマガジン社)などがある。 『π』は、2002年より小学館「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載開始。